2006/01/14

木谷公士郎さん要望書

要 望 書
大阪市長 殿
(大阪市西部方面公園事務所気付)
                                2006年1月11日

                     司法書士 木谷 公士郎
                   
当職は1998年より神戸市内において司法書士業務にあたり、生活困窮者とりわけ多重債務者の抱える法的問題の解決に取り組むとともに、2002年ごろからは主として神戸市及び兵庫県内で野宿を余儀なくされた人々を対象とする法的支援を含む支援活動に取り組む司法書士です。
今般、貴市内靱公園及び大阪城公園にテント・小屋を建てて生活している人々に対して、貴市が強制立退きへの手続きをすすめていることを知り、そのすすめ方があまりにも拙速でありしかも違法なものであるとの疑念を抱かざるを得ないという点について憂慮の念を示すとともに、直ちに強制立退きへの手続きを中止するよう要望いたします。

1 そもそも「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」(以下たんに「特措法」という)第11条は「都市公園その他の公共の用に供する施設を管理する者は、当該施設をホームレスが起居の場所とすることによりその適正な利用が妨げられているときは、ホームレスの自立の支援等に関する施策との連携を図りつつ、法令の規定に基づき、当該施設の適正な利用を確保するために必要な措置をとるものとする。」と定めており、「必要な措置をとる」ためには(1)「当該施設」の「適正な利用が妨げられている」こと、(2)「ホームレスの自立の支援等に関する施策との連携を図」ること、(3)「法令の規定に基づ」くことを少なくとも要件として定めていると解されます。
2 しかしながら今般の強制立退きの対象となるべき靱公園及び大阪城公園において、そもそもテント・小屋で生活している当事者たちが公園の「適正な利用を妨げている」という事実が存在しません。2005(平成17)年10月4日付で貴市西部方面公園事務所が靱公園当事者に配布した「工事のお知らせ」によれば「工事の支障とな」ることが撤去を求める理由として示されていますが「自然観察園路整備、景石据付、植栽、剪定・剪除」といった工事内容は公園の「適正な利用」のために不可欠のものとはいえず、かりに必要な工事であったとしても、従来そうであったと仄聞するとおり公園内居住者に配慮した工事の進め方が可能であると思われます。また貴市におかれては本年5月「世界バラ会議大阪大会」や「全国都市緑化おおさかフェア」が開催されるとのことですが、もし今回の強制立退きがこれらイベントの妨げとなるとの理由であるとすればやはり「特措法」の求める要件に合致しないばかりか、後述する国際人権規約・社会権規約委員会の指摘する「大規模なスポーツイベントの開催に関連して」行われる強制立退きに準ずるものといえ、「国際的なイベントの準備(オリンピックなどのスポーツ競技、博覧会、会議など)、『都市の緑化』キャンペーンなどが行われる間にとられる、立退きからの保護を保証」(いずれも一般的意見第7)することこそが求められるといわなければなりません。
3 また「ホームレスの自立の支援等に関する施策との連携」も図られているとはいえません。昨秋からの当事者に対する撤去要求に際して直接的には施策に関する情報提供すら行われていないのではないでしょうか?もとより、「自立支援等に関する施策」は当事者の自己決定権の尊重なしに成り立ち得ないものであり、立退き圧力を背景に、たとえば「自立支援センター」やシェルターへの入所を迫る、といったことが「施策との連携」であるとはいえません。また期限付きのシェルターの提供は、その後の生活への展望が全く示されず「自立支援等に関する施策」にすらなりえないものです。
4 法令遵守要件についても問題があります。この場合の法令遵守要件は、単に都市公園法や行政手続法・行政代執行法の手続きを遵守すれば充足されるというものではありません(もちろんデュー・プロセス・オブ・ローは大前提です)。上位法たる憲法はもとより憲法98条2項により誠実遵守義務の課せられている条約及び国際法規、生活保護法などの諸法令がそれに含まれます。この点は「特措法」制定にあたっての衆議院厚生労働委員会の付帯決議も、「特措法」11条の「必要な措置をとる場合においては、人権に関する国際約束の趣旨に十分に配慮すること」として、その趣旨を明らかにしています。
5 そこで国際人権規約・社会権規約をみると同規約11条第1項は「この規約の締約国は、自己及びその家族のための相当な食糧、衣類及び住居を内容とする相当な生活水準についての並びに生活条件の不断の改善についてのすべての者の権利を認める。締約国は、その権利の実現を確保するために適当な措置をとり、このためには、自由な合意に基づく国際協力が極めて重要であることを認める」としています。
この権利について社会権規約委員会は「強制退去は規約の要求に合致しないと推定され、もっとも例外的な状況において、かつ関連する国際法の原則に従ってのみ、正当化されうると考える」(一般的意見第4)としています。さらに「一般的意見第7」においては、「長期に及ぶ賃貸料の不払いや、正当な理由なく賃貸物件を損壊した場合など、立退きが正当と認められるいくつかの場合において」も「関係当局には、それらの立退きが規約に合致した法律によって保証された方法で実施されること、また、影響を受けた人々に対し、あらゆる法的手段と救済策が利用可能であることを確保することが義務となる」とされ、「あらゆる立退きの実施に先立ち、とりわけそれらが大きな集団に関係する場合には、強制力を行使する必要を回避し、あるいは少なくとも最少にとどめるべく、あらゆる実行可能な代替手段を、影響を受ける人々と協議し検討することを保証すべきである」とされています。また、「(a)影響を受ける人々との真の協議の機会、(b)立退きの予定日に先立った、影響を受けるすべての人々に対する、適当で合理的な事前通告、(c)計画された立退きに関する情報や、土地、あるいは住居が別の目的に使用される場合にはそれに関する情報が、影響を受けるすべての人々に対して、合理的な時点で公開されること、(d)とりわけ複数の集団が関与する場合には、政府の役人、あるいはその代理人は、立退きが行われる間、その現場に立ち会うこと、(e)立退きを実施するすべての人物の身元が適切な方法で明らかにされること、(f)影響を受ける人々の同意がないかぎり、とくに悪天候のとき、あるいは夜間に立退きを実施しないこと、(g)法的救済手段の提供、(h)可能な場合、裁判所に救済を求めるために法的扶助を必要としている人々にそれを与えること」といった「適当な手続き上の保護や、方の適正手続き」が求められます。
さらに「その結果として、個人をホームレスにしたり、あるいは他の種類の人権侵害にさらされやすくするような状態をもたらすものであってはならない」ともされており、「影響を受けた人々が、自力により備えることができない場合、締約国は、自国における利用可能な手段を最大限に用いることにより、適切な代替住居の入手、再定住、あるいは状況によっては生産力のある土地の利用を可能にすることを確保するために、あらゆる適当な措置をとらなければならない」ものとされているのです。
今般の強制立退きが交際人権規約上許容されないものであることは明文から明らかであろうと思われます。
6 また憲法第25条の定める生存権の「理念に基づき」「生活に困窮する全ての国民に対し」「必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的」とする生活保護法は30条1項において「生活扶助は被保護者の居宅において行うものとする」という居宅保護の原則を明らかにしています。また同法19条1項はその実施責任について「その管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者」については「都道府県知事、市長及び社会福祉法に規定する福祉に関する事務所(以下『福祉事務所』という)を管理する町村長」に「保護を決定し、かつ、実施」する責任があるものとされています。同条4項以下の規定によりその実施責任は所管の福祉事務所長にあるものと思料しますが、適切な保護に関する検討や当事者に対する情報提供が行われていない点にも問題があります。もし野宿を余儀なくされた人々への保護が施設収容を前提に適用されているとすれば貴市の運用は違法なものであるといわざるをえないし、公園にテント・小屋を立てて居住する者はそもそも居住地保護の対象です(「別冊問答集」問81ほか)。もし居住者が要保護状態にあるのならばそこで保護を開始し「土地収用法、都市計画法等の定めるところにより立退きを強制され、転居を必要とする場合」に敷金等を支給するとの実施要領に基づいて移転費用を支給するといった方法も検討されてしかるべきであるし、少なくともその可能性について当事者に情報提供することも求められていると思われます。

(結語)
本日1月11日は当事者に与えられた「弁明の付与」の期限です。「工事のお知らせ」が当事者になされたのが昨年10月4日であることを思えば、あまりにも事を急ぎ過ぎているとの印象をぬぐえません。この厳冬期にテント・小屋を暴力的に追い出されれば、当事者の生命すら危険に追いやるものとなろうことは容易に想像できると思います。直ちに強制立退きの手続きを中止し、かりに当事者の退去を求めるのだとしても、「特措法」その他の法令を遵守するとともに、受け入れ可能な解決策を当事者との話し合いの中から見出されますよう切に求めます。 以上

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